究極の完全犯罪 その11

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 俺は岸谷小夜子の顔を見た。俺の意図を察したのかちょっと思案げに顔を傾けてから話し出した。
「250万円はこの前怪我をした塚田っていう人の会社から支払われた機械代金ですよ、きっと。私、入金がないので北本に催促したの。たぶん現金で支払われたので、しばらく流用していたのかも。それをうまく吉田さんの横領に結びつけたのよ」
 そうか、うまく考えたものだ。課長も知っていたけれど北本の言いなりってことだ。こんな手でやられたら、気に喰わない奴は、即クビにできるということか。
「さ、吉田さん。もう考えごとはやめて飲みましょうよ。サトさんもね」
 おかみさんも猪口を出し、岸谷が注ぐ。そして目で挨拶をして一気に飲み干した。それからは三人で取り留めもない話をしながら一升瓶を空けた。
 酔った。酔った。夕暮れ前から酒を飲むなんて、生まれて初めてのことだった。自分ではそんなに強くないと思っていたが、案外飲むことができた。
 さ、明日からは何をする。失業というものは初めてだから、どんな感じか分からない。とにかく職を探すために毎日職安に通うことになるのだろう。一、二ヵ月は遊んでも良いかな、なんて酔った頭で考えていた。
 目が醒めた。会社へ行こうとしている自分に気がついた。そうだお世話になった得意先に挨拶をしておこうか、とも思ったが、北本があること、いや、無いことばかりを吹き込んで回るだろう。行くだけ無駄だと思った。けれども退職したことくらい知らせておこうと思った。
 退職した挨拶をハガキですることにした。郵便局で10枚ハガキを購入し、手書きで退職した由を書き、最後に「有り難うございました」と結んで、一枚出来上がった。そして2枚目を書いていて、ふと思った。なんでこんな馬鹿なことをしているんだ、と自分に腹が立ってきた。横領の件にしたって、人事課が調べ、事情を聞くのが先なのに、即クビなんてことが罷り通ること自体が法律からも逸脱している。足掛け13年も働いた酬いがこれだった。会社は従業員の生活のことなんて何も考えていなかったのだと思った。会社は給料分以上に働らかせれば、社員として合格だと思っているのかも知れない。1人あたり給料分にプラス10%でも、いや1%でも上乗せして利益が上がれば、全体として莫大な利益を上げることができる。従業員は機械と同じに見ているのが会社なのかも知れない。特に昨日まで俺が働いていた会社は、絶対にそうだと思い、書いたハガキと書きかけのハガキを小さく小さく裂いて、ゴミ箱に捨ててやった。それでもまだ納まらなかった。憎しみが湧いてきたのだ。
 あの北本のガキを、今度はこっちから嵌めてやることを決意したら、スーっとした。

 同窓会で佐野ヒロシと佐川新一先生に会うことができた。ただそれだけで楽しい一時を過ごすことができた。佐野ヒロシは家業の小さな漬物工場で日夜、新しい漬物を考案している毎日だと話していた。佐川先生は三年前に退官されて、いまは塾の先生をしてるのだが、鬚の先生として子供達に人気があるそうだ。佐野も先生も俺が無職になったことを心配してくれ、「うちの工場でだったらすぐにでも働くことができるぞ。来ないか?」と佐野は誘ってくれるのだった。俺は丁寧に断わり「何かあったら助けてくれ」と話しておいた。
 同窓会が終わってからは、ハローワークに行く時を除いて、北本への復讐のことばかり考えていた。食堂のおばさんの死因は、結局のところうやむやとなってしまったが、居酒屋のサトさんも岸谷小夜子も絶対に北本と病院の息子が共謀して殺したのだと確信している風だ。そのために小夜子は傷害事件のあったコンビニでバイトをはじめた。あの時に居た社員や北本の動向を探るためだった。俺も北本のことはもっと知りたかった。会社を辞めさせられた時のように、のほほんとした気分ではない。あらゆることに気配りをし、どんな小さなことにも目をむけるようにした。もしもおばさんを殺害したのだったら、辞めた俺も監視されていると思っておいた方が良いだろう。こっちは1人だ。向こうは無法者がバックにいることだけは確かだから。
 そうだ、散髪に行こう。その前にちょっと買い物をしよう。
 昼前に家を出た。唯一の趣味である自転車で行くことにした。メイン道路ではなく、裏道を走ることにした。道は細いがほとんどクルマは通らない。しかも信号が少ない。
 ショッピング街でキャップとシャツを買った。若者向けだが、もうサラリーマンみたいな堅苦しい格好をしなくて済むのだから、自分の思う通りにしたい欲求が出てきた。
 このあと自転車は駐輪場に預け、駅で入場券を買い、急いで改札を抜けた。誰かの視線を感じたからだ。

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