究極の完全犯罪 その12

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 急いでホームへの階段を駆け上がった。そしてホームにある安床屋に飛び込み、丸坊主に、と注文した。バリカンで刈ってもらっている間ホームの様子を注視した。誰かは誰だか分からないが、感覚で分かる。相手は俺を見失ったようだ。ここなら外からは見えないが、内側からはちょっとブルーに色付いているが、くっきり見える。今のところ怪しい人物はいないようだ。丸刈りになった。頭が涼しい。散髪料金1050円を支払い、買ったばかりのキャップをかぶり、シャツを重ね着して小さな店を出た。電車が出た後なのでホームには人の姿は少なかった。誰かはいないようだ。それでも注意しながら駐輪場でも慎重に行動した。
 全速力で裏道を飛ばし、アパートに辿り着いた。それでも気を抜かなかった。カーテンの隙間から外を見た。誰もいない。しばらくそのままの状態でいた。
 ここ数日、誰かに見られているよな気がした。こっちから反撃するには別人になることが必要だ。職安通いをしている間は、どこに住もうと北本たちに知られてしまう。向こうは遊びで他人を嵌める奴らだ、失業保険が終わるまでは、目立たず騒がずでいなければならない。その間に今度はこっちから北本を嵌める完全な計画を立ててやろうではないか。
 会社を辞めさされてから半年が経とうとしている。もう北本たちは俺に興味がなくなったのか、俺の回りで怪しい者はいないような感じだ。あのコンビニでバイトをしていた岸谷小夜子もいつのまにか辞めていた。1月ほど前、職安の帰りにあの居酒屋へ寄ったらサトさんが「小夜子ちゃんはコンビニを辞めてどこかへ引っ越したらしいの。連絡が取れないから心配だわ。早く今までの想い出から逃れたかったのかもね」と話してくれた。
 岸谷小夜子の手を借りようとは思っていないが、あの時からなんだか親近感が生まれたことは確かだ。一応電話番号とメールアドレスは保存してあるが、これまで連絡は一度もない。

 昨日もらった分で失業保険が切れた。丸坊主になってから、職安の帰りにあの居酒屋で生ビールを1杯飲んで、すこし肴のあてを食べて帰るのが楽しみになっていたが、職安に行っても、もちろん就職先なんて初めから考えていなかった。もらえるものを貰っているだけのことだった。
 半年間、最低の生活をして過ごした。金を使ったのは日々の粗末な食費と光熱費、あの居酒屋での飲み代くらいだ。クビになった時から俺はアパートの中を必要なものだけにした。テレビなんかも処分した。会社を辞めた時のように、出て行く時の荷物を極力少なくするためだ。炊飯器と小さな冷蔵庫、それに少しばかりの食器だけしか残らないようにした。明日からは、朝から晩まで北本を徹底的にマークしてやる。どんな小さなことも見逃しはしない。バックにいる無法者のことも調べ上げてやる。可も無く不可も無いサラリーマン人生を挫折に追い込んだお礼を北本にしなくてはならない。数カ月、ホームレスのようにつましい生活をしたのは、あの仕打ちを体に覚えこませるためだ。いわば修行が明けた俺はいつになく張り切ってると自分で思っている。大人になって初めて他人を憎み、自分から動こうと決めたことが嬉しくなって、わくわくしてきた。明日は早い。寝よう。
 朝の5時に飛び起きた。アンパンをかじりながら自転車で北本の自宅へ急いだ。
 6時55分 あのガキはまだ高鼾だろう。
 俺は北本のアパートの向いの2階の通路にいた。ここは昔文化住宅と呼ばれていたところだが、近くにあった大きな工場が撤退した後は住人が次々と去り、ゴーストタウンのようになってしまった地域だ。北本は家賃が安いことだけで各駅停車しか停まらない会社から60分も離れた所に住んでいるのだが、本当の理由は誰も知らない。若い世代がこんな所に住みたいなんて思わないところだから、絶対に何かある、と俺はにらんだ。
 ドアの壊れている空家の中に入り北本の棲家を双眼鏡で覗いた。カーテンもかかっていない。中が丸見えだ。2間続きの奥の部屋で人が動いている。逆光でよく見えないがあの感じは北本に違いない。もうすぐ出なければ会社に間に合わないのに、と思っていると、下でクラクションが鳴った。ドイツ製の高級車がいつのまにか停まっていた。北本を迎えに来たのか?
 以前に見たような男が車を降りて立っていた。時計を見ている。北本が出てきた。すると男は後ろのドアを開けた。北本が乗り込むのと同時にドアを閉め、急いで運転してボロアパートを離れた。まるで北本の執事か運転手みたいだ。

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