究極の完全犯罪 その8

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 岸谷小夜子は本当のことを話したのか、それとももう一度俺を罠に嵌めて北本と一緒に俺の嘆きを楽しもうとしているのか、今は分からない。いや、わかったところでどうにもならない、ってことだ。苛めっ子が虐められっ子をとことんやっつけようとするのと同じで、明日、出勤しても今日よりひどい目に遭うことになる。それでも出社しなければ、2番手である課長が出ばってくる。結局は退職することになってしまう。対処方法を考えてもどうにもならないということか。
 なるようになれ、と思いながらふて腐れたまま横になってテレビを見ていたのだが、いつのまにか寝入ってしまった。
 目が醒めた。くしゃみが出た。もう少しで風邪を引くところだった。昨日のままで着替えもしないでアパートを出ようとした。もう身だしなみなんて関係ないと思いながらも、靴下だけは替えた方がいいな、とどうでもいいようなことに気が回った。自分でおかしく思った。
 いつものように出社した。机につこうとしたが、机がなかった。部屋を見渡したが、先に出社している女子社員は俺と目をあわせたくないのか、どうでもいい机の上を片ずけてる振りをして時間を潰している。
 課長が入ってきた。俺の顔を見ても、何も言わない。、無視を決め込んでいる。
「課長、私の机がないんですけど」
「ふん、当たり前だよ。おまえの机の引き出しから会社の金が出てきたんだからな。さ、これを受け取ってさっさと出て行け」
 そう言って茶封筒を俺に投げつけ、そのまま課長は出て行った。
 封筒の中には解雇通知書が入っていた、会社の公金250万円横領により解雇するとあり、そのために退職金は支払われない、となっている。
 こんな解雇通知を読んでも少しも腹立たしくなかった。もう昨日の時点で腹を括っていた。他の営業社員はまだ来ていないのが不思議だ。北本が現われたら一発ぶん殴ってやろうと考えていたけれど、今は部屋には男は俺一人きりだ。
 もう10分も過ぎている。黒板を見ると、何故だか分からないが、みんな直行になっているではないか。昨日俺が早退した後に、俺のことよりもっと重大なことが起こったのだろうか。俺は隣の席に座り、向いの女子社員に「昨日、何かあったのかい?」と小さな声で聞いてみた。すると「昨日の6時半ごろ北本が刺されたのよ。会社を出てすぐのところにあるコンビニの前でね。吉田さんって、ほんと、何も知らないんだから。横領の罪を着せられてクビなんだから。おめでたい人」と言った。
 ここにいる女子社員はみんなオレのことを馬鹿にしているのだけれど、話したことはすべて正解だ。それにしても北本は誰に刺されたらのだろう。そこのところを聞くと、女子社員はニヤリと笑った。そして「この部屋ではあんたが一番知ってる女なのにね。ほんと鈍いんだから」
 そう言われたらすぐに分った。
「岸谷小夜子に刺されたのか?」
 部屋に居る3人の女は今度は大きな声でケラケラと笑うのだった。違っていた。
「だから吉田さんはみんなから馬鹿にされるのね。分かるわ。刺したのは食堂のおばちゃんだよ。刺された北本のケガなんか、絆創膏でも貼っときゃ2、3日で治るのにね。ちょうどお巡りさんが通りかかったから。運が悪かったんよ、おばちゃんは」
 食堂のおばちゃんが北本を刺すなんて、気でも狂ったのだろうか。
「この会社で唯一無駄口をたたく相手が食堂のおばちゃんなのに、吉田さんは何も分ってないんだよね」
 違う女が言った。こいつら、俺のことをよく観察してやがる。と言うことは刺した理由もしっているとのだ。
「理由を聞きたいのね、お馬鹿な吉田さん」
 またみんなで大笑いをする。俺は頷いた。どのように思われようと、今日で終わり。二度と会わないことになるかも知れない。だから好きなようにすればいい。

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