究極の完全犯罪 その19

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 塚田は救出された。救出されて正気にもどってからはこのH病院に留まることを嫌ったが、その理由を尋ねる警察や消防には、頑として口を開かなかった。そして翌日になったらさっさと退院した。いや、退院したのではない。入院費も支払わずに出て行ったのだ。
 俺は塚田のアパートを見張った。北本にお礼参りをするつもりなのか、それともこの街から逃れ、どこか遠くの田舎なんかへ逃げるのか、それを見極めたかった。
 病院から逃げたその日から俺は塚田をマークした。アパートに張り付いていると、夕方に戻ってきた。それから3日間、アパートから一歩も出なかったと思う。そして今朝も動きはなかった。いくら北本たちに殺されそうになったからと言っても、食糧も必要だし、まだ二十代の若さで3日間も閉じこもってじっとしていることなんてできるだろうか。厭な予感がした。
 ワンルームのアパートだから、入り口は西側になっている。そして反対側に小さなベランダがあるだけだ。張り込んでから2日間、夜は明かりが点っていた。昨日は早く引き上げたので夜のことは分からない。しかし3日もしてから逃げるだろうか。逃げるなら時間をかけない方が良いに決まってる。
 塚田の部屋を訪ねてどうなっているか確かめることは出来ない。北本の仲間の疾風の連中が居たり監視しているかもしれない。
 こうなれば日本最大の組織に応援してもらおう。
 俺は住所とアパート名、そして部屋番号、それから『死人』とのみ、公園の公衆電話から警察署に声色を使って言った。
 5分後、塚田のアパートにサイレンが近づいてきた。大成功だ。アパートから遠く離れた駅で、新聞を読んでいると、またサイレンが方々から聞こえた。塚田は殺された、と思った。
 夕方のニュースで猟奇的な殺人事件が各局で報道され、塚田が勤めていた会社も映像で流された。
 俺が考えているよりも北本と疾風の行動は早くて的確だった。しかし殺人まで簡単にしてしまう疾風とは、どのような組織なのか、もっと詳しく、そして慎重の上にも慎重に調べる必要がある。
 俺が送りつけたビデオの分析は警察はもちろんコピーしたものを疾風も手に入れて行うだろう。場所は特定できないようにしてあるが、誰が撮ったかを問題にするはずだ。そして手始めに塚田と北本の両方を知る人物を探るだろう。二人に関係があり、一年前に辞めた住所不定の俺に辿り着くのは必至だ。
 そうなればあのねちっこい北本のことだ、俺のねぐらぐらい即座に突き止めるだろう。ちょっと調子に乗り過ぎたみたいだ。
 絶対に知られないようにするにはどうしたら良いだろうか。考えを巡らしたが、良いアイデアは浮かばなかった。しばらくは住んでることになっている母方の田舎で、爺さんの農作業の手伝いでもして過ごすしかない。
 決めれば即実行だ。
 ノートパソコン等をケースに入れ、駅のコインロッカーからデイバッグを出した。そして自転車で佐野ヒロシの家へ行き、自転車とパソコンなどを預けた。はじめ佐野は、やはり俺の顔を忘れていた。いや、変化していたので分からなかったみたいだ。俺であることを認識すると、嬉しそうに一升瓶を持ってきて、有無をいわさずコップに注ぎ、乾杯するのだった。この日は泊めてもらい、次の日の昼に田舎へ行くことにした。ヒロシは何も言わずに快く少ない荷物を預かってくれた。おまけに餞別までくれるのだった。
 佐野ヒロシは俺のことを絶対的に信用しているのだ、と思い、何故だか涙が出てきた。

 田舎で爺ちゃんの手伝いをした。耕耘機を使い、畑の畝を作ったり、ジャガイモの種イモを切って、切り口に灰をまぶしてから植え付けたりした。爺ちゃんは孫が手伝ってくれるのが嬉しかったみたいで、いろいろ農作業のことを教えてくれるのだった。
 テレビや新聞を見ることは以前も少なかったが、今はそれよりも少なくなっていた。ただ北本の動向だけが気になった。警察はあのビデオから俺を割り出すことはできないだろう。音声は塚田だけをそのままにして、お姉さんの目にはマスクを入れた。北本の顔と声をそのままにしておいたことが俺の失敗だった。塚田を死に追いやることで、かくたる証拠を消し去った。警察は北本への事情聴取をしても、決して真相は分からない。
 怖いのは北本と疾風だ。あの執念深さと行動の早さは、そろそろここへも手が伸びてくるころだと思う。

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