ク マ  その7

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 あのオッサンにこんなにすぐに会うことになるとは思ってもいませんでした。餌を持って今朝走りに来たのに、昼からまた走るなんて、あの体型から見たら信じられません。でもオッサンがやってきたのです。おまけに傷に絆創膏を貼ってくれたのです。やっぱりヘンな人です。けれども釘を飛ばした野球バカと較べれば雲泥の差です。もちろんオッサンの方が良い人間だと思います。
 オッサンが立ち去ってからも私はそのままじっとしていました。その間何人もの人達が道を通って行きました。誰も私のことなんか気にしている様子はなく、ただ黙々と走ったり歩いたりしているだけで、自転車ツーリングの人達も私に目を向けることもしないで猛スピードで飛ばして行きます。ここで休んでいる短い時間でしたが、何度か当てられそうになりました。恐かったけれど、仕方ありません。こんな所に横たわっている方がいけないのですから。
 やっとズキンズキンがなくなったのでこの場を離れることにしました。痛いけれど、もう大丈夫です。ちょっと速く走ることもできました。けれども無理はしないことにしました。今夜は飯抜きになりそうです。まだ野球の練習をしているでしょうし、また公園で虐められるのが恐かったからです。
 いつもの寝ぐらに戻ろうと、とぼとぼと歩いていたら熊がやって来ました。
「野球をしている連中は、もう帰ったぞ。あのオッサンが残った飯の後片付けをして、おまけにガキたちが捨てたおにぎりの包み紙まで拾っていたよ。おかしな人間だよ」
 熊もあのオッサンは他の人間とはどこか違うと感じたみたいです。

 クマの足から引き抜いた釘は、先端が普通に市販されてるものより鋭く尖っているばかりか釘の頭がなかった。板に打ち付けるものではないことくらい誰にだってわかる。クマを狙って何らかの方法で飛ばしたのだ。それじゃなきゃ歩いている犬の足に横から刺さるはずがない。これに似た事件が最近あったはずだ。あ、思い出したぞ。隣町の公園で鳩が殺された事件だ。確か、あれはゴムのパチンコで鳩を狙ってのものだった。もしもこの釘が鳩を狙った奴が作ったものだったら大変なことになる。鳩から野良犬にターゲットを代えたのかも知れない。そんな奴は増々エスカレートして最後には人を狙うかも知れない。警察に届けようか。そんなことをすればかえって疑われるかも知れないし、疑われなくても何度も何度もしつこく尋問に来るに違いない。コンビニで残り物を貰って野良犬に与えたのも知られ、お灸をすえられる。黙っておこう。
 警察は無視すればよいが、早朝や夕方のジョギングで狙われたら堪ったものじゃない。走ってる人が少ないから狙われやすい。十分気をつけなければならない。しかしながらクマも酷い目あったものだ。あいつは人間に迷惑をかけるような野良犬ではないのに。
 あ、またヘンなことに気を遣ってしまったじゃないか。

 オッサンのおかげで痛みもなくなり夕方になっていつものように歩くことができ、いつもの公園でボスたちと一緒に食事をすることもできました。総勢六匹です。他の犬達ももうボスを怖がることはありません。ちゃんと体の大きさに応じた分を食べるようにボスが分配したからです。少し遅れて餌場に着いたのですが、ちゃんと残してくれていました。私が食べていると横に来たボスは私の足を見て、怪我をしたのかと訊ねました。私が頷くと、不可解なことを私に言いました。
 この河川敷では初めて見る若い男がパチンコを改造したボーガンの小型判のようなもので鳥を狙っていたと言うのです。
 私は昼間の出来事を思い返しました。野球バカは小石を投げて来ました。二投目を投げた瞬間に足に激痛が走ったのです。ってことは、野球バカが投げたのが当ったわけではなかったのです。オッサンが私の足から引き抜いたのは金属の細い棒状のものでした。
 私は勘違いをしていたみたいです。よくよく考えれば分かることなのに、一度虐められたから、ずっとそのように思ってしまう犬の習性なのでしょうか。恥ずかしいことです。子供に野球を教えている者が子供の前で動物を虐めるなんてしないのが普通ですから。野球バカもそんなことは十分に承知しているはずです。
 でも困ったことになりました。小さいボーガンを持ってる男が誰だか分かりません。安心して歩くことが出来なくなるのですから。

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