あれから25年、街は変わったけれど、人の心も

ニャンコ1060.JPG
朝の5時46分、黙とうをしました。

もう4半世紀も経過したのですね。

震災の翌年、神戸の取材をしていた時は、

街中に大きなダンプが行き来し、重機が動き回っていて

埃っぽく、さっさと取材を済ませたい気分と、

こんなことになって、みんな困ってるだろうな、と思っていました。

亡くなられた多くの方は、さぞや無念のことだったろうな、と

あとからじわじわ心に響いてきたものです。

沢山の善意と努力で復興を遂げた神戸市ですが、

淡路や西淀川などの周辺のことは、あまり取り上げられなくて、

その実情は知られていません。

仕方ないけれど、被災したところの隅々まで光が届くようにみんなで頑張らなくてはと思います。

25年という年月は、人の心を大きく変えてしまいました。

みなさんが肌身離さず持っているスマホの出現は、

災害の時にも役に立ちますが、それ以上に

人を孤立させる道具として機能するようになりました。

会話もなく、他人を思いやる心を無くす人たちを出現させたのです。

これからも大きな地震や災害が起こるのは必至ですが、

このままでは・・・

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