究極の完全犯罪 その6

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 翌日出社すると北本が笑いながら言った。
「ちょっと話があります。来てくれますか」
 そう言っただけで3課から出て行った。俺も後をついて行った。課長は何も言わない。
「こんないやらしい写真を社内にばらまかれたら困りますよね、吉田さん」
 北本はスマホを見せた。目をつむった俺の顔に岸谷小夜子が唇をくっつけている。
 来たぞ。来た、来た。今日はこいつの出方を見極めてから対処方法を考えようと、昨夜から決めていた。どんな手で来るかと、想像を巡らしたが、塚本たちが病院で話していたみたいに美人局のような古典的な手法でくるとは思っていなかった。北本はニヤニヤして俺の顔を見ている。俺はこの写真を誰が撮ったのか、まだ社内にこいつの仲間がいるのかどうか知りたかった。が、そんなことを考えるよりも、北本が何をしたいのかを知る方が先決だ。
「吉田さん、あまりびっくりしていないようですね。頭が良いんだ。それじゃ分かるでしょ。あんたがいたら邪魔なんだよ。今月限りで辞めて欲しいんだ。この会社を」
 だんだん話し方がぞんざいになってきている。それに北本に会社を辞めろなんて命令される筋合いはない。何様のつもりだ。ぶん殴ってやろうか、と生まれて初めて思った。
「辞めるわけにはいかないよ、北本君。生活があるからな。その写真をばらまくならばらまいても構わないよ。経理の女の子にも迷惑をかかるけど、俺の知ったことではない」
「そうですか。じゃ、そうしますよ。後は野となれ山となれ、ですか。開き直っても、もう元へは戻れないからな。馬鹿が」
 北本は俺が強気に出たためか、俺を睨みつけてこの場を足早に離れた。
 仕方ない。北本がどのような手で来ようと勝手にすればいい。俺はいつものように仕事をして、いつものように時間になれば帰宅するだけだ。
 課に戻り今日の予定を確認してから社を出た。2時に帰社し、3時から新製品の取扱い方法の研修がある。これまでのものより簡単に操作できるというから、5時には終わるだろう。
 お得意先を回って帰ってきたら、課の女子社員はもちろん、廊下ですれ違う社員がみんな俺を汚いものでも見るような目を向けてくる。新製品説明の部屋に入ると、課長が近寄ってきて「お前は聞かなくていいんだ。もう仕事はないよ」と言う。
 あの写真が影響しているのだろうか。キスされている感じのものだから社内中にメールで配信されたとしても、阿呆なやつだ、くらいで終わると思っていた。
 時間が空いた。暇を持て余すことになってしまった。机の前に座っていても回りからチラチラ俺を見る。居たたまれない感じになってくる。経理課に行き、あの岸谷小夜子に会って昨日のことを糺そうと決めた。
「よう、吉田君。独身はいいね。でもさ、スカートの中に手を突っ込んだら、それは犯罪だよ」
 同期の宗像が俺に言った。今朝、初めて社員から話しかけられた。
「ちょっと、宗像、どういうことなんだ。俺は何のことやら全く理解できないんだ」
 宗像は笑いながらスマホを俺に見せた。俺の姿と俺が女性のスカートをたくし上げて下着に触れている写真だ。女の横顔は写っているが、岸谷小夜子かどうかは分からない。キスをされている写真とは別の物だ。俺は顔を近づけもっと詳しく見ようとしたが、ほかの社員が来たので、そのまま経理へ行くことにした。
 岸谷小夜子はいつものように窓口に座っていた。俺は近づき、小さな声で言った。
「嘘つき!」
 それを聞いた岸谷小夜子は俺を睨んだ。
「5時半にトレビで待っていて。全部話すから。嘘は言わはい」
 昨日より真剣に言った。けれども声はほかの課員に聞きとれないような小声だった。
 俺は小夜子を一瞥して戻ったが、みんなの態度は同じままだ。仕方ない。普段無駄口を叩かないおれだから、こんな目に会ってもあまり動揺はしない。それよりも宗像がチラッと見せたあのスマホの写真をもう一度見たいと思った。
「仕事がないから早退するよ。じゃあな」
 独り言のように言って課を出た。

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