究極の完全犯罪 その5

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 バスを待っている間、俺は周りに気を配った。もしかして……ってこともある。どこで監視されているか分からない。あいつは俺が病院へ行く時間を知っていた。後をつけてきたとも考えられる。まさか午後になっても病院にいたことは知らなかったはずだけれど、用心に越したことはない。
 会社に帰った。北本は席にいない。予定表のところに目をやると、直帰となっている。俺はクソ課長のところへ行き、塚田に見舞金を渡したことを報告。領収書を渡そうとすると「経理へ持って行け」と言う。経理に行くと朝の女がニヤッとして受け取った。
「あんたも大変ね。北本の尻拭いでしょ。毎月誰か1人犠牲者が出てくるんだ。営3の小栗ちゃんなんて、『ぶっ殺してやる』と息巻いていたけど、時期社長の呼び声高い常務の息子じゃ、誰も文句を言えないもの。御愁傷様です」
 この子は北本のことをよく知っているようだ。俺はもうちょっとあいつのことを聞き出したいと思ったが、もしも北本の手先だとしたらこの会社には居られなくなるかも知れない。
 ある意味で一世一代の賭だ。どうする。他の経理課員が俺とこの子、えーっと名札を見ると岸谷小夜子とある、には無関心のうちに尋ねたほうが良いと思った。
「あのーっ、岸谷さん。もうちょっと北本のことを教えてくれないかな」
「いいけど、タダじゃダメよ。何か奢ってくれたら教えてあげる」
 ストレートに言われたから、奢ってやろうと俺も思ってしまった。
「ありがとう。じゃ、5時半に駅前のトレビで待ってるわ」
 こう言ってまたニヤッと笑うと、左頬にエクボがあった。

 5時になった。俺は即座に席を立った。あのクソ課長が俺を目で追っている。こんな時はいつも定時に帰ることが幸いした。誰にも文句は言わせない。
 会社を出た俺は思いきり走った。岸谷小夜子が来る前にトレビに入り、広い店内全体を見渡した。会社の人間はいなかった。
 5時34分に岸谷小夜子が入ってきた。向こうは俺の席をすぐに見つけたようだが、俺はメガネを外した岸谷小夜子の顔を知らなかった。向こうから見つけてくれて良かった。
「早いのね。噂どおりだわ」
「何のこと?」
「吉田さんは定時に帰るってこと。残業はほとんどしないって3課の子が言ってたわ。それはさておき、何を奢ってくれるのかな。それにより情報が変るの。分かる?」
「君は色々なことを知っていそうだ。よし、好きなものを食べに行こう」
「じゃ、イタリアン。次の駅の裏通りにあるの。今からだったら待たなくて済むわ」
 そう言ってさっさと先にトレビを出た。おれもコーヒー代を支払い急いで後を追った。
 外で岸谷小夜子はタクシーを止めて俺を待っている。1駅なのに、タクシーか。この子も俺の足下を見透かしているようだ。たぶん1メーターで行ける距離だ。仕方ないからおれも乗り込んだ。
 イタリアンでちょっとしたコースを食べ、そのあとこの子が行きつけのバーで久しぶりにウィスキーを飲んだ。少しだけなのにすぐに酔いが回ってきた。
「あまり強くないんですね。じゃ、帰りましょうか」
 まだ北本のことについて何一つ聞いていない。けれども酔ってしまったのだから仕方がない。俺はスツールから離れようとしたが、足が動かない。親切にも岸谷小夜子が肩を貸してくれた。
 酔いが醒めた。俺は会社の入り口で寝ていたらしい。いつも出社のときに「おはよう」とあいさつしてくれる守衛のおじさんが俺を揺り起こし「こんなところで寝てると風邪を引きますよ」と言った。
 俺は立ち上がりおじさんに礼を言って駅へ向かった。時計を見るとまだ9時過ぎだ。
 うん? 岸谷小夜子はどうしたんだ。どうして俺は会社の正門にいたんだ。ひょっとしたら、という疑惑が湧いてきた。
 すぐに回れ右をして、守衛のおじさんのところへ急いで向かった。
「おじさん、俺はいつごろからここで寝ていたか、知ってる?」
「たぶん20分くらい前だよ。8時半に見回った時には居なかったもの。ここんところ営業のひとがよく寝てることがあるから気をつけていたら、今度はいつも早く帰る吉田さんだったから驚きだよ」
 これではっきりした。あれだけ注意していた矢先に完全に足下を掬われた。岸谷小夜子は北本の手先だったのだ。このままだと会社を辞めなければならないはめになるか、あいつの片棒を担がなければならないように仕組んでくるだろう。
 俺は腹を括ることにした。

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