究極の完全犯罪 その3

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 工員の入院してる病院には電車とバスを乗り継いで三〇分ほどで着いた。外科病棟へ行く途中、車椅子の患者三人が向かい合ってタバコを吸いながら話をしている。入り口の脇でだ。病院内はもちろん敷地内も禁煙だが、内臓の病気や呼吸器疾患等ではない外科の患者によくあることなので気にもとめず病棟に入ろうとした時、その三人の話し声がひそひそ声に変った。いったい何の話をしているのだろう。興味が湧いたので三人の死角になるところで立ち聞きすることにした。
「おまえは労災に任意保険で二ケ月分か。ちょっとは儲けだが、会社は良い顔はしないよな。労基局の目が厳しくなるから。それに比べおまえの怪我はヨウチンでも塗っときゃ治るようなかすり傷で三週間の入院だからな。有給休暇みたいなものだよ。それでいてなんやかんやで五〇くらいにはなるだろう。退院したらパッと行こうぜ。可愛いお姉ちゃんがいるところで。もちろん塚田、おまえの奢りでだ」
「一次会だけなら出すよ。あの北本に渡す分もあるから、そんなに儲からないよ」
「あいつは仕事はからっきしだけど、悪知恵だけは超一流だね。おれたちをこの病院に送り込むことだけでも儲けてる。この病院の理事長のガキと遊び友達らしい。遊ぶ金を稼ぐためなら犯罪スレスレのところまでする奴だから、退院して金を渡したら関わらない方がいいよ」
「それはお互い様だよ。美人局みたいなことでみんな引っかかったんだからな」
 うん? 塚田って名前が出たぞ。俺が今行こうとしているやつの名前は確か塚田のはずだ。カバンから書類を出し、確かめてみた。303号室、塚田安彦となっている。あいつだ。なんだかおかしな塩梅になってきたぞ。とりあえず見舞金を渡さなければ。後のことは会って話をしてからだ。
 俺はしばらく二階でうろうろした後、塚田が病室へ戻ったころあいを見計らって三階へ階段で上がった。

 見舞金を受け取ると塚田は口を真一文字にして受け取りにサインした。本当は笑いたいのだが、笑うと俺に何やかやと勘ぐられるから、出かかっている笑いを噛み殺している。濡れ手に泡の三万円だ。だんだん腹が立ってきた。ちょっとこいつに鎌をかけてやろうじゃないか。金を手にしたところだから、思考力も落ちているはずだ。
「ちょっとお聞きしてもいいですか」
「何ですか」
「先週もあの製品の取扱いで事故がありまして、改善のためにご意見などがあれば、お話頂けたら幸いなんです」
 俺は軽い感じで、どうでも良いことのように言った。すると塚田は喋り出した。
「あの機械はプレスや断裁の機械みたいに両側のボタンを同時に押したときだけ作動するようになっているけど、片方を固定すれば、左手だけで動かすことができるんだ。固定することなんて出来ない構造だって。それができるんだよ。あんただけに教えるけど、ボタンを押す時の力を半減するようにすれば押したままガムテで留めておけばいいんだ。体温を感知して誤動作を防止する機構になっているけど、あのセンサーを取っ払らって、下のB点と直結すればいいんだ。現場の者はちょっとでも楽して仕事をしたいからね」
 そんなことをすれば事故につながることぐらい分っているはずだ。
 機械の勝手な改造は契約違反であり、メーカーとしては責任の範疇ではない。自業自得の事故だったのだ。いや、もっと大きな問題があるじゃないか。筺体、すなわちカバーを外すには特殊な器具が必要だ。こじあけたりすれば傷がついてしまう。どんな方法で開けたのだろうか。今度ここの会社に行き、開けた方法を探ってみようと思った。
 ヨウチンでも塗っておけば治るといったのは、たぶん電熱部に作業着が触れて、火傷でもしたのだろう。あの機械でそれ以外の外科的怪我ならば、こんなに直ぐに動けるはずがない。外見からは全く病人には見えないではないか。
「貴重なご意見ありがとうございました。これで失礼します。お大事に」と言って俺はそそくさと引き上げた。
 病院を出て少し歩いたところの公園のベンチに座り、初めて会った塚田のことを思い返してみた。そこでハッとした。

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