ク マ  その9

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 頻発している動物殺傷事件のことがテレビニュースで取り上げられたのは、犬の遠吠えを聞いた翌日の夜のことだった。その昼に河川パトロールの事務所に熊がうずくまっているのでどうにかしてくれと電話があり、職員が急いで出向き、熊のような大きな犬が死んでいるのを発見した。その映像を見て、あの熊であることはすぐに分かった。首に釘のようなものが刺さってるところも映し出されていた。
 予想した通りになった。クマを撃ったボーガン男がまた動き始めた。あのジョギングコースは暫く通らない方が良いだろう。クマ達はどうするのだろうか。餌を持って来るオバサンも、恐くて公園には行かないだろう。そうなれば野良犬にはのたれ死にしかない。それよりも恐いのは、腹を空かした野良犬達が街に出てくることだ。今は河川敷あたりで暮らしているが、オバサンの餌がなくなり、散歩する人間が少なくなれば生きるために街でてゴミ箱を漁ったり、人に噛みつくかも知れない。それは結局野良犬達の死を早めることに他ならない。
 そんなこと、本当は今の生活に全く無関係のことなのだが、クマを知り傷の手当てをした以上、気になってしまう。野良犬でも、できればずっと生き長らえて欲しいと願うのは誰だって思うことなのだ。いや、ボーガン男は小さな命のことなんか、小指の先ほども考えていない。そんな人間が増えて来ていることだけは確かだ。
 あ、またクマのことを考えてしまった。

 ボスの死骸を保健所の職員が取りに来てからは警察が午前と午後の二回、巡回するようになりました。ボーガン男を捕まえようとしているのは分かりますが、現れることなんかありません。みすみす捕まるのにボーガンで動物を撃ちに来る悪人がいるものですか。
 困ったのは私達野良犬です。あれからオバサンも来なくなりました。もう誰も餌をくれる人はいないのです。あのオッサンの走ってる姿を見たことはありません。みんなボーガン男が恐いのでジョギングや散歩を自重しているのでしょうか。私達は仕方なしに薮にいる小動物やゴミ収集車が残した袋から落ちた残飯をこっそり食べることくらいしかできません。以前のように仲間で行動することもなく、みんなバラバラになってしまい、あの小さなバクも何処かへ行ってしまいました。
 また以前のように独りぼっちで空きっ腹をかかえてうろつく生活に戻ってしまったのです。ボーガン男が捕まればいいのですが、以前の生活には戻ることはできないような気がします。
 あのオッサンだってジョギングを諦めたようですし、オバサンも餌を与えるという習慣が崩れれば、なかなか再開できないと思います。もともと人間界では不必要なのが野良犬なのですから。ペットとして飼われているのとどちらが幸せかはわかりませんが、餌にだけは不自由しない方がペットの勝ちです。

 あの事件から三週間が過ぎたが、ジョギングをする気が失せてしまった。意気地なしと言われようが、やっぱりあんなもので狙われたら大変だからだ。それにもう一つ理由がある。ボーガン男を捕まえようとする警察官が巡回していることが厭なんだ。警察に恨みはないが、事件の直後は警察官の一般人を見る目が、なんだか犯罪者扱いのような感じがする。以前に指名手配犯がこの地域にいるとのことで沢山の警官が辻々に出ていたことがあった。歩いていたらずっと警官の目が追ってくる。犯罪者でもないのにドキドキしながら歩いた覚えがある。
 しかし困った。このままジョギングをやめればますます下腹が出てくるばかりだ。食事の量を減らせば済むことだが、美味しいものを食べるのを我慢するなんて、人間を辞めるのと同じではないか。人間に生まれたのであって、いつも腹を空かせている野良犬に生まれたのではない。食べたいものを好きな時に食べられてこそ、生きてる実感ってものがあるのだ。
 どうしようか。熊が撃たれたのは陽が上ってからのことだと思う。だったらコンビニの残り物を貰って野良犬の餌にした早朝なら警察もボーガン男もいないはずだ。クマや他の野良犬も腹をすかしているだろう。明日、久しぶりに餌を持って走りに行こう。

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