ク マ その1

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 私の名前はクマです。散歩をしているオッサンが勝手に名付けただけで、本当は名前なんか最初からない、どこにでもいる野良犬なのです。
 そのオッサンが最初に私を見たとき、大変驚いたようです。
 日が沈んで辺りが薄暗くなってきた時でした。オッサンが坂を下ってきたのです。なんだかぎこちない走りです。ジョギングでも始めようと一念発起したような感じです。もちろん初めて見る顔です。
 私はすぐに薮の中に隠れました。見つかったら何をされるかわからないからです。野良犬は時に子供に噛みつくこともあり、町の嫌われ者で、時々町を流れる大川周辺を自治会と警察などが合同で駆除を行うことがあるからです。
 私は薮の中で息を潜め「見つからないで良かった」と思っていたら、オッサンが行き過ぎて少し走った後、立ち止まりました。引き返してきてあたりを見回しています。
 私の目とオッサンの目があいました。
「クマだ」とオッサンは叫び、また一目散に逃げました。私ももちろん逃げました。慌てたので大川の支流みたいになっている用水路にはまるはめになってしまったのです。ずぶぬれです。
 急いで用水路から上がり道に出ました。なんということでしょう。あのオッサンがこっちを見ているのです。

 ちょっとメタボ気味だったのでジョギングでもして体重を落とそうと走り始めたばかりだったのに、クマに遭遇するなんてことは想像すらしていなかった。
 走りはじめてすぐに、坂道の下あたりに黒いものが動いているのが目に入ったが、すぐに消えてしまった。その場を行き過ぎたが、やっぱり何なのか好奇心が湧いてきた。引き返して見かけたあたりを目を凝らして探してみた。木の後ろに何かが動いてる。少し近寄りその物体を見つめた。熊だ!。咄嗟に熊から離れなければならないと思い走ったが、疑問が湧いてきた。本当に熊なのかどうか確かめたくなった。そうだろ、いくら近くに山があり大きな川が流れていると言っても、ここは四〇万人も住んでいる大きな町だし、山から川の両岸まで住宅がびっしり立て込んでいる。今まで熊が出没したとか、熊に襲われたなんて話は聞いたことがない。
 思いきり走って逃げたので、息が上がっている。大きく息をしながら見かけたあたりまで歩いて引き返してると、前方から黒いものがこっちに向かってゆっくり歩いてきた。
 ウン?
 歩き方が熊とは違う。動物園で見る熊は、なんだかお尻を振りふりノッソノッソと歩いているような印象がある。やっぱり熊ではないようだ。向こうが止まった。こっちがもうちょっと近づけばどんな動物か確認できる。そんなことを思っていても、とっくに正体は分かっているのだが、念のためだ。

 私はどうしようか迷いました。坂の上へ行けばオッサンたちが住んでいる民家や団地がいっぱいあるから、見つかれば大変です。仕方がありません。オッサンが興味を示さなくなるまで、道の端でじっとしていることにしましたが寒くてたまりません。早くどこかへ行ってほしいと願っているのですが、やけに慎重に近づいてきます。
 なぜオッサンがゆっくり近づいてくるのか分かりました。怖いのです。私が……。
 だって他に散歩やジョギングをしてる人は誰もいないのですから、不安なのでしょう。人間って一人になれば弱い動物であることを私は知っています。五十歳くらいのホームレスがこの近くの高圧電線の鉄塔の下に住んでいますが、夜になると何かブツブツとつぶやき、時には孤独感にさいなまれ奇声を発して眠っている私をびっくりさせるのです。
 そのホームレスは昼間になると空き缶を集めたりして暮らしの足しにしていますが、ほとんどの時間はワンドで釣りをしている人とたわいもない話をして時間をつぶしているようです。
 オッサンも今はホームレスと同じです。私が襲ってこないか怖くて怖くて、どうしたらよいか迷っているのでしょう。怖かったらさっさと何処かへ行けばいいのに、恐い物見たさというDNAが人間にはあるからでしょうか。襲うなんてこと、絶対しない私なのですが、人間からみると恐い顔で、いかにも凶暴に見えるのかも知れません。

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