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zoom RSS ハンフィクション まんぷく酒場 ーみんな去ってしまったー その1

<<   作成日時 : 2017/06/13 09:14   >>

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パンダの赤ちゃんが生まれたとNHKのトップニュースになり、

怪文書だという人相の悪い官房長官まで発表するほどですが、

関西ではフンと鼻で笑いたいほどの話題です。

もっと重要なことがあだろうに。

と、ぼやいても仕方ありません。

本日は「隠し神 その4」の予定でしたが、この前一気に書いた短い文章を

3,4回で載せたいお思います。

ハンフィクションとは、半分フィクションで半分ほんとう?という造語です。


まんぷく酒場 ーみんな去ってしまったー その1


「津辺ちゃん、まんぷくがもうすぐ閉店するやろ、そやからママのお別れ会しよと思っているんやけど、どうする?」
 まんぷく酒場が閉店すると知って、常連の上村さんが電話をかけてきたのだ。二十年前に花見をしたときに教えたケイタイの番号をまだ破棄せずにいたなんて、さすが一流企業に勤めていただけはある、と俺は思った。
「もちろん出席するよ。三十年近くお世話になったんやもの。上村さんが幹事ってことやね」
 ま、いつでも幹事が一番お似合いの上村さんだから、たぶん自分から買って出たのだろう。あの時の花見は面白かった、と今でも桜が咲く季節になると往時を思い出し、こんなのことがあるのか、と笑ってしまう出来事が鮮明に蘇る。
 酒蔵での試飲を兼ねたお花見の宴を企画した上村さんだった。酒蔵の見学をしている時、俺たちのグループとは、たぶん全く関係ないおじさんが紛れ込んでいた。けれどもその人が関係ないか関係あるか、誰も知らなかったから、試飲していろいろ話を聞いている時、やっぱりヘンだぞ、と誰もが思っていて、やっぱり関係ない人だと、みんなが結論付けたころ、そのおじさんはスーッとドアを開けて出て行くのだった。それを見て一分もしないうちに誰からともなく笑い出し、最後は部屋中大笑いとなった。
 あの時はみんな若く、大吟醸をもたらふく呑み、あとの花見でもお土産に買った原酒も飲み干してしまった。無茶が通る時代だった。
「そしたら津辺ちゃんが参加第一号になるわけやな」
「それは違うで。幹事の上村さんやがな。上村さんが一番で僕が二番や。あと何人くらい参加するやろか」
「そやなぁ、十四,五人の予定やけれど、もう少し多くなるかもね。何しろ丸三十年もしていた店なんやから」
「それじゃ、上村さん、よろしく。当日会えるの、楽しみにしているわ」
 俺は上村さんにそう言って電話を切った。

 まんぷく酒場は、客が勝手につけた名前だ。ほんとうはママの春子さんとお手伝いの早苗ちゃん、そしてもう一人不定期のアルバイトの娘がいる小さな小さなスナックなのだが、仕事帰りに駆けつけてくる客が多かったので、お腹の足しにとおにぎりやちょっとしたお惣菜をつぎつぎと出すことになったのが客に受け、これじゃ飯を食ってこなくてもここに来れば十分だ、と思う多くの客が来るようになった。
 そして、この呑み屋の正式な名前は誰も言わなくなり、まんぷく酒場で通じるようになってしまった。飲み屋街の外れで、場末と言っても仕方ない不便なところ?にあるわりには、一流企業のサラリーマンも多く、店をはじめてから十五年くらいは連日賑わっていた。
 俺もまんぷく酒場へは縁があってか、開店当初から顔を出していた。三十年も通った呑み屋だから、良い思い出がいっぱいある。もちろんイヤなことも多々あったが、それよりも楽しいことが多かったからこそ生きるか死ぬかの大病をしたにもかかわらず、機会があれば顔を出すようにしていた。
 この四、五年は歯の治療に行った帰りに寄るのが常だった。医者から晩酌はビールなら一缶、日本酒は一合までと言われていたから、まんぷくへ行っても長く居ることはできなかった。客がまだ来ない店を開けてすぐの時間帯に入り、二時間くらい、たわいのない話をしで時間を潰し、それまでに次の客が来たら帰るようにしていた。
 そんな訳で店を閉めることは他の客より早く知ったので、少し足繁く通わなくては、と考えていた。それは普段でも割安の特別料金に設定してもらっていたので、閉める前の一月くらい正規の料金で行くのが本筋だろうと思った。ちょっと厳しいが週に二、三回は顔を出せるだろうと考えていた。


「あら、津辺ちゃんにキューちゃん。ちょっと待って、いま席用意するから」
 ママというかおばちゃんの春子さんは、先に来ていた客に詰めてもらい、椅子を一つ付け足した。
 閉店案内がみんなに届いて、最後だからと思って来る客も多い。いや、永久に閉店だからこそ来るのだ。普段はそんなこと一つとして考えもせず、まんぷくへ足を向けなかったくせに。みんなが来ないから閉店することになったのに・・・
 こんなに客の入りが続いていたのはリーマンショックの前までだった。あの後から客が少しづつ減り始めた。もともとジイさんが多い店だったから、自然に客数は減ってくるのは仕方がない。天国か地獄かは知らないが、毎月一人くらいは旅立っていたような感じがした。事業に失敗して顔を出すことができなくなった客も何人かいた。ツケがたまって来られない客もいた。
 春子さんからすれば、ツケを払ってもらった後で来なくなっても、あまり大きな痛手とはならないが、うまい言葉で数か月分もツケを残したままトンズラされたらたまらない。俺も知っている客のことだが、最初にまんぷくへ来た時、シルクウールのスーツを着ていて、誰もがお金持ちだと思った。連続して来店したその客は、料金より少し余分に支払っていた。ボトルなしで樋口一葉が一枚ですむところを福沢諭吉というわけだ。それが数回続いたら、春子さんも安心したのだろう。それから週に二,三回くらい来るようになったが、高級なボトルをキープしても、お金を払わない。ま、最初のときの預り金もあることだし、月末に払ってくれればいいと思う春子さんだった。それが次の月にもなり、その次の月にもなり、たまりかねた春子さんはツケのことを切り出した。するとその男から月末に支払うという約束を取り付けた、しかし男は月末に姿を見せることはなかった。昔の言い方だと最初からドロンを決め込んでいたのだった。
 これをやられたら店は大赤字となる。踏み倒されたそいつの金額はもとより、もしもそいつが来なかったら別の客が入り利益に繋がったからだ。上下合わせれば損害の額は大きいということだ。
 踏み倒されることもあると、春子さんも勘定に入れていたかも知れないが、騙されるのはやっぱりイヤだったと思う。
 ほんとうならこんな時こそきっちり料金をいただき最大の利益を出そうとするのが人情だが、ついつい情に流されてしまう春子さんだから、今日のように客が入っていても、あまり儲けにならないと思うが、そこが春子さんの良いところなのだ。
 十年ほど前になるだろうか、近くの店が閉店することになったが、閉店する半年前に案内ハガキを出した。そうすると懐かしさも手伝って多くの客が来た。料金はもちろんいつもと同じ。ある意味でドサクサに紛れた荒稼ぎをした。こんな厚顔無恥な神経があってこそ水商売をやってられるのかも知れない。このようにしても誰も文句を言わないけれど、たぶん春子さんはしないだろう。
 最後に大きな花火を咲かせるより、最後に昔の客とお話をしたいのかも知れない。

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